車庫

　私が中学生の頃，家の前に車庫が出来た。車２台分のスペースで，シャッターで開け閉めするタイプのものだ。奥の方には子どもの頃の自転車や，使わなくなった食器棚なんかがあった。だから長い間，車は１台しか入れることが出来なかった。そうして，いわゆるガラクタ置き場になってる一角には蜘蛛の巣で白っぽくなってしまった。

　大学を卒業した年の夏。何を思ったか，車庫の大掃除をすることになった。竹箒で蜘蛛の巣を払い，ガラクタを捨てて，下を掃いて...。ついでだから車が入っている方もきれいにしようということになり，母が車を移動させた。そのときの臭い...

　中学１年の夏。私はミネソタ州でホームステイをしていた。英語がさして出来た訳ではないが，日常生活にたいした支障も無く楽しんでいた。ミネソタ州は湖・沼・池の類が多いことで知られる地域である。その家も例外ではなく，家の裏庭が湖に面していた。水上スキーを楽しむことが出来るほど，大きな湖だった。

　ある日，ちょっとしたガーデンパーティーをすることになった。家中総出で準備にいそしんでいた。午前中は芝刈りや掃除，午後からは料理。ところが３時もすぎた頃，高校生のお兄ちゃんが二人，水着に着替えて裏庭に降りていくのだ。(アメリカでも，女の子だけが最後までお手伝いぃ？　そんなんずるい)と思いつつ，覗きに行くと。

　今まで気がつかなかったが，裏庭に面したポーチの下は倉庫だったのだ。ガラガラとシャッターを上げると，中にはボートやらタイヤチューブの浮き輪やら釣竿やらが雑然と入っていたのだった。そして二人がボートを担いで湖に降りていった。ボートを浮かべて戻ってくると，私を中へ手招きする。期待いっぱいで(何？　なに？)と覗き込むと「これ，持ってって」と一言。所詮どこでも妹分は小間使い。大きな浮き輪を担いで倉庫を出ようとしたときの臭い。かび臭いような，排気ガスのような，不思議なにおい... 決していいにおいではなかったけれど，そのにおいは私の記憶にホームステイの思い出といっしょに残ったのだった。

　すっかり忘れていたのに，その掃除中の車庫の臭いが些細なことを思い出させたのだ。

　そして私はそのガーデンパーティーの一日を今でも覚えている。もしこのまま忘れていっても，またいつか車庫掃除をしたときにはあの楽しい一日が戻ってくるのだろう。