なこ編 episode 1
情報収集
９月。まだ残暑厳しい公園で、それは始まった。
「どう？昨日行った？」で口火が切られる。一瞬にして、砂場が騒然となる。そう、幼稚園入園を来春に控えたお母さんたちの情報交換が始まるのだ。どこの幼稚園の入園説明会・参観日・体験日がいつ・・・という日程に始まり、近所の在園児の有無、園バスのルート・停留所のチェック、諸経費・カリキュラム、去年の入園状況などなど、公園にいるだけで幼稚園の概要が分かってくる。そこで、それぞれの家庭に見合った幼稚園をいくつか見繕うのだ。もちろん、それぞれの園の噂も情報として交換される。職員と園長の対立で入園説明会がぽしゃったとか、定員が大幅変更されたのは助成金獲得のためだとか。
最初むるっちはただ情報をもらうだけだった。来春入園予定者を抱える母親としてはいまいち覇気がなかったかも知れない。でも既に入園させたい幼稚園があったのだ。「お兄ちゃん（近所の年少さん）と一緒に園バスに乗りたい」となこが言ったのと、特に先着で並ぶこともなく願書を受け付けてもらえばすんなり入園できると聞いたからだ。
ある日、こう言われた。「むるっちさんとこ、たぬき幼稚園（仮称）が第一希望じゃなかった？昨日の参観日行った？」もちろんむるっちが行くわけがない。そのお母さんはいい印象を持ってたぬき幼稚園の参観に出掛けたみたいだったけど「今年は（希望者が定員を越えたら）選抜しますから。うちに入れなくても他所には入れますよ」って園長に言われた。「すごいむかつくー。来るなってこと？」というのが、そのお母さんのご意見。
選抜だぁ？お受験なんて聞いてないぞ！と慌てたむるっちはすぐに在園児のお母さんに確認してみた。でも、そんなこと言う園長じゃないと言われる。不安に思ってもまだ９月。定員の発表が１０月１日、願書の配布が１０月１５日、受付は各園一斉に１１月１日。受付日前にそれぞれの園で入園説明会やら参観日がもうけられている。願書をもらうだけじゃだめなのかってむるっちが思い始めたのが９月末だった。
入園させる気はないけど、まぁ誘われたし、希望の幼稚園以外の入園説明会も行かないと比較ができないと思って、おりがみ幼稚園（仮称）の入園説明会に行くことにした。土曜日で園児はいなかったが、そのおかげで教室はすべて開放されて体験保育に当てられていた。なこは、さほど広くもない園庭で迷子になり既にびびりモード、体験保育なんてできる状態ではなく、結局子連れで説明会に参加した。既に聞いていたたぬき幼稚園の特色ある行事はおりがみ幼稚園でも実施されていて、あれ？という印象。帰りにお土産をもらって早々に退散する。月謝はたぬきより安いけど、カリキュラムの差からそんなもんだろうって納得した。でもスイミングや幼児体操などには専任講師がついているらしい。むるっちが子供の頃通っていた幼稚園程度の規模（一学年２～３クラス）で、なんだか懐かしい感じもした。ここは今年も先着順。昨年は夜中の２時から並んだ人もいるそうで。でも６時台に並べば年少組は余裕だという噂。むるっちは並びたくないなあ。
公園で遊ぶお友達のお姉ちゃんが行っている幼稚園がふと気になり、説明会の案内を手に入れてもらい、そこにも行ってみることにした。ここは非常に規模が小さく、一学年１～２クラス。おりがみ幼稚園とは違い、この笛吹き幼稚園（仮称）は施設が全体的にぼろくて、トイレも今時珍しい和式。ここは平日、普通の保育時間に説明会を行う（これまた珍しい）ので、参観日でもないのにがきんちょがわらわら遊んでいる。畑でミミズを探して亀のえさにする子がいれば、朝っぱらから砂場に入っている子もいる。子供が大嫌いなむるっちとしてはもう地獄。早く説明会を始めてくれって気分だった。
入園説明会が始まるのに、まだ体験保育の案内がない。在園児の保育もあるのに、誰が未就園児の面倒を見るのかなんて思いながら、子連れでホールに集まる。椅子は壁際にずらーっと並べてあり、どうみても説明会ではなさそう。不安に思いながら座っていると、先生が来て音楽をかけて簡単な踊りを子供たちに見せ始める。すると子供たちがすーっと中央に出て行って踊り始めたではないか！いや、うちの子供たちは見ているだけだったけど。そこで２曲くらいを踊って、次は親子で椅子取りゲーム。勝者が決まるとすぐ「じゃ、次はおもちゃを作りまーす。先生についてきてね」とホールから先生が子供たちを誘導していく。おぉ、まるでハメルンの笛吹きじゃん。すっげー。
すると地味なおばちゃんが登場・・・なんて思ったら園長先生だった。おりがみの園長はいかにもって感じだったから、むるっちとしては不意打ちをくらった。説明会はすぐに済んだ。自園のアピールはほとんどなく、むるっちが最低限知りたいこと（保育時間、月謝、カリキュラム、方針、給食など）と園児の様子だけだった。すると再びハメルンの笛吹き先生の後について子供たちが戻ってきた。作ったのは使用済みのプリン容器に植物の種を入れてテープで留めただけのマラカス。でもいい音だった。
ここは願書を配る際に、面接時間が書いてあり、その時間に願書を出し、面接を受ける。定員オーバーは予定にないらしい。
翌日、公園へ。入園説明会だけでなく、子供の風邪や他にもいろいろ予定が入ってたから２週間ぶりくらいになる。やっぱり３歳児のお母さんが寄れば幼稚園の話。ほとんどの園が入園説明会を済ませているのに、むるっち本命のたぬきはまだ。それなのに、たぬきの嫌な噂が聞こえてくる。今年からは縁故優先だとか、抽選があるとか。むるっちがマークしてない他園でも縁故優先（卒・在園児の兄弟は入園希望を表明するだけで内定がでる）とか、昨年１００人定員で５０人がガラポンで落とされたとか、嫌な噂が沢山耳に入ってくる。実は数日前にたぬきの在園児を通じて、なこは「在園児のお友達（紹介）」という、無いよりはまし程度の縁故で名簿に載せてもらっていた。だからガラポンを引くにしても、少し有利かもって思ってた。もちろん願書もわざわざ在園児を通じて手に入れた。
で、たぬき幼稚園の入園説明会当日。思い出すのも腹が立つけど、ネタにしなきゃ腹の虫が治まらないよ。
園児の保育時間が終了してから始まったんだけど、まず受付が長蛇の列。むるっちは寝てるしょうを抱きかかえ、人数の多さにびびるなこの手をひいて最後尾についた。受付では案内のプリントをもらって体験保育の教室へなこをつれてく。そこでは教室のドアにすがり付いて泣き叫ぶ子供。その泣き様がすさまじくて、なこはびびって教室には一歩も入らず。きっと「入ったら出してもらえない」とか思ったんだろうな。後ずさったもんなぁ。でも皆、泣いてる子を淡々と預けてく。むるっちは先生に許可を得て、むるっちは子供二人を連れてホールへ行ったよ。そしたら、就園予定者らしき幼児は０に近く、かろうじて赤ちゃん連れがいるだけだった。他園では、親から離れられない子がたくさんいたし、先生が泣いてる子を親のところへ連れてくることもあった。でも、そこでは泣く子は先生が教室でずーっと抱いてあやしていた。これを「いい」と見るか、「悪い」と見るかは意見の分かれるとこだろうけど、むるっちには賛成できないやり方だな。
子供の口に飴を入れて、説明会を聞く。いきなり「皆さんには何度も来ても同じ話ばかりして・・・」と言い出す。むるっちは初めてなのに。
だらだらと園児の様子やら、園のアピールを済ませると、「・・・ということで、今年から卒・在園児の兄弟は優先します。制服ももうあるわけだし。在園児の紹介というのもありましたが、あれは無効にします。来週、事前抽選をして、抽選に当たった人だけ願書を受け付けるということに」むるっちはだんだん腹が立ってきた。「ま、全体的に見て少子化が進んでいるのは確実ですから、まぁ、抽選に外れても幼稚園に入れないことはありませんよ。は・は・は。」だって。その園に入りたいから、説明会の受付するだけでもすごく並ぶのに、それで抽選のためにもう一度来いだと？ってむるっちは思った。確率は二分の一。抽選なら公平だし・・・と説明した後で「子供たちの友人関係も考慮に入れます」だって。どういうこと？ 「もし５人グループで一人外れた場合は抽選後も帰らずに待機していてください。抽選に外れた人数が仲良しグループの半数を占めると全員が辞退することがあります。以前には一人だけ外れた子を見て、友達関係なしで抽選に当たった人が辞退してその子が繰り上がったこともあります。」果たしてこれは公平な抽選か？ むるっちはたぬき幼稚園を第一希望からはずすことにした。説明会だって来なきゃよかった。
だいたい公園で嫌な噂を聞いたあたりから、たぬき幼稚園あきらめて他園にしようかなって思ってたんだよね。でもさ、ここまで粘ったんだし、説明会へ行ってあきらめようかなとも思って来たんだから。もういい、あきらめよう。月謝も高いし、その割には施設もよくなくて、ぜんぶ専任講師に払ってるって行ってたけど、トイレがびしょびしょなのは勘弁して欲しい、説明会で後ろに居たグループは嫌な感じだった、あんな人たちと一緒になるのはいやだ・・・なんて脈絡もなく頭の中で自分を納得させようとやっきになってた。
ようやく自分の中でたぬきを諦めて、笛吹き幼稚園を第一希望にして・・・と思ったとこへ、近所の人から「おりがみに一緒に並ぼうか？」という中途半端なお誘いもあったりして、おりがみと笛吹きの願書を読み比べてみたりしている。
今日「たぬき幼稚園抽選のお知らせ」の葉書が来た。この葉書がないと抽選会にも出られないんだよ。もう最初からなかったことにしておいてくれ。願書も返すから４００円返して。もうほっといてよ！
願書提出まであとちょっと。果たしてむるっちに平安は訪れるのか？ いったいどこの園に入園するのか。次号を待て！