葬列

　小雨の降る中を葬列が通り過ぎていく。誰が亡くなったのか，延々と葬列が続いていく。とぼとぼと，昔話のように葬列が進んでいく。まるで川の流れのように道に沿って進んでいく。

　両脇には広々とした草原が広がっている。所々に低い潅木があるだけで，他に視界を遮るものは何も無い。アメリカの西部開拓地はこんな風景だろうか。

　先頭は見えず，最後尾も見えない。棺すら確認できない。参列しているのはどうも人とは言えないような容姿のモノたちだった。妖怪とはこういうものか... そう思わせるような異形の葬列。鬼のような容姿の大男，なめくじのようにぬるんとした女，鳥のような毛を生やした老人... いや，男や女に見えただけなのかも知れないが。ひとりとして同じ容姿のものはおらず，しかし同じ足取りで進んでいく。ただひたすら前を見据えて進む。

　私は交差点に立って，葬列を眺めている。私は主人と東へ向かう途中だった。東には，ほぼ現代のような生活水準の世界があるはずだった。私たちは葬列が途切れるのを待ってそこを横切った。一刻も早く葬列から離れたい私は，主人を急かして進んでいく。振り返って葬列が小さくなるのを確認しながら，東へ向かう。

　東へ進むうちに，私たちの目の前には大きなふたつの岩山と，その間に広がる工業地帯が見えてきた。私は，既に葬列のことも忘れていた。

　工業地帯は既に寂れていた。私たちの目的地はもう少し東だったため，これからの長旅に備えて食料と医薬品を買い込んだ。人気のない工業地帯というのは無機質で居心地が悪いものだ。

　黄昏てきた空間の中に浮かぶ灰色の建物群。埃でまだらになった舗装通路が，私たちの靴を白っぽく変色させる。通路はどんどん狭くなっていく。私たちは迷ったようだ。もと来たように戻ろうと思っても，全てが同じような壁，通路。目印にはなり得ない。埃をまきあげつつ進んできた私たちの足跡は，また元のように埃に埋まってしまっている。私たちは人を探してさ迷い歩く。

　すっかり暗くなった通路の先に灯りが漏れている窓を見つけた。人の気配がする。私たちは既にへとへとで休める空間を求めていた。

　そこには「医務室」と書かれた札が下がっていた。扉は開けてある。消毒薬の匂いがする。薄汚れてはいるが，白いベットが数床と茶色い長椅子，白い布の衝立て。部屋の隅には洗面台，そして観音開きの薬品棚。せせこましいが，一応のものはあるようだった。

　部屋の中を覗いた主人が振り返った。「誰かいるよ，やっぱり」　そう彼が言った途端に，衝立ての向こうから女性の声がした。

「どなた？」

　声の主は白衣の中年女性だった。衝立ての横から顔を覗かせて「ちょっと今，手が離せないので」と続ける。私は慌てて「いえ結構です。ちょっとここで休ませてもらえないかと思って...」と応える。彼女は笑顔で「どうぞ」と言って，また衝立ての向こうに消えた。

　私たちは荷物を肩から下ろし靴を脱いでから，茶色い長椅子に腰掛けた。スプリングが適度に効いていて，座り心地のよい椅子だ。身体の中に蓄積されていた疲労が，スプリングに吸い取られていくようだ。体中にかかっていた圧力が解き放たれて，少しずつ軽さが戻ってくるようだ。ひんやりとした肌触りもいい。わたしたちは無言だった。

　私たちはいつのまにかうたた寝していたようだ。気がつくと，目の前のベットにさっきの女性が座っていた。

「どちらから？」

　私たちが目覚めたのに気がつくと，彼女は白衣のまま紅茶を入れながら，そう尋ねた。私たちは西の方から来たことなどを話し，彼女は寂れた工場地帯の現状などを話した。私たちは彼女に地図を書いてもらった。そうでもしないとここを抜けることは難しそうだった。

　私はふと思い出して，あの葬列のことを彼女に話した。世間話のつもりだった。彼女は下を向きつつ地図を書いていたが，ハタと思い当たったように顔を上げて私を見つめた。(...？)

「あなた，Ｍ野Ｙ男くんのお姉さんじゃないかしら？　お顔がよく似てる気がするのだけど」

「はい，そうですけど。何故，弟をご存知ですか？」　私はここで弟の話題が出るなんて思ってはなかった。だいたい残してきた家族のことは話してなかったのだ。何故，葬列の話をした途端に「弟」が出てくるのだ？　怪訝そうな私に向かって彼女は告げた。「この地図を持って早く帰った方がいいわ。急いで仕度して！」　声のトーンが上がっている。どうして葬列が関係するのか？　弟が何をしたのだ？　私は...

「危ないのよ。Ｙ男くんが危ないの。だから早く！！」

　私たちは急かされるまま医務室を出た。彼女の地図を頼りにしながらでは，そんなに急げはしないけど，それでも不安で走り出しそうになる。彼女の書いた地図は詳細で複雑だった。現在地はわかっても，どうやって進めばいいのか... 地図を片手に立ちすくむ私たちのはるか前方を何かが横切っていく。暗闇にボーっと浮かぶモノ... 延々と... 主人の顔色が変わっている。「葬列だ」　彼は低くつぶやいた。

　葬列は灰色の通路を私たちの方に近づいているのかもしれない。でも私たちは帰らなければならなかった。あの地図を頼りに，この町を出なくてはならないのだ。

　私たちは埃を巻き上げながら，狭い通路をさまよい歩いた。主人の目がうつろになってきている。きっと私の目もうつろになっているのだろう。葬列が何故弟と関係があるのかはわからないままだったが，すごく大きな不安を感じるのだ。不安を感じても，身体は疲弊して変質してきているような気がする。肌には湿疹ができて大きくなっていく。伸び切った爪で掻き毟れば，どす黒い血が流れ出す。髪は埃にまみれて，ばさばさだ。

　気がつくと，私と主人の前には長い列があった。私たちは握り締めていた地図を持ったまま，その列に加わった。

　どうやら私たちは葬列の一部になってしまったようだ。