生コン車

　私の母には姉がいるが，結婚は私の母より遅かったため，母方では私が初孫であった。それゆえ，この伯母にもよくかわいがってもらったものだ。この伯母を，その髪型から「かみぃしばったおねえちゃん」と呼び，親しんでいた。

　それは，ようやく「ひらがな」をマスターし，「カタカナ」を学習しはじめた園児だった頃かと思う。いつものように，伯母と往来を眺めていたときのことだった。文字を読むたびに伯母に「さっちゃんはえらいねぇ。もうはい，字が読めるのかん。」と誉められて，私は幼いながらも自尊心がくすぐられていたのだった。

　そんな私たちの，丁度，目の前に，一台の「生コン車」が信号待ちで停まっていた。

　私は伯母に尋ねた。

「かみぃしばったおねえちゃん，あのくるま，『さめんと』ってかいてあるけど，なんのこと？」

　そう。私は未だ園児であり，｢カタカナ」を完全にはマスターしておらず，「セメント」を「さめんと」と読んでしまったのであった。そんな私に対して伯母はこう答えた。

「『さめんと』って書いてあるなら，鮫の頭がいっぱい入っとるかねぇ。」

　確かに，経験の少ない私にも，あの「生コン車」の中からは「灰色」のどろどろしたものが出てきていたのを目撃した記憶がある。そうか，あれは鮫がミンチにされたものか。私は，そう納得したのであった。

　それから，どのくらいの年月が経過しただろうか。ある日，母と車でドライブしている時に，偶然「生コン車」とすれ違った私は，母に自慢気にこう言った。

「おかあさん，あのくるまのなかにねぇ，さめのあたまがはいっとるだにぃ」

　母は「どうして？」と尋ねた。私は「かみぃしばったおねえちゃん」がそう教えてくれたと告げた。しかし，その時私は気づいた。この「生コン車」には『さめんと』とは書いてないのである。私は小学校低学年の児童になっていたのであった。

　その後，色々考えて見るに，多分伯母は幼い私をかわいく思うあまり，「カタカナ」の読み間違いを訂正せずに，適当にいなしてしまったのであろう。ちなみに，私の地元では「わたしんとう」や「あんたんとう」などと言って，「～とう」は「～等」「～達」，つまり複数を示すのである。きっと『さめんと』は「鮫んとう（鮫たち）」と解釈されたのだろう。

　ただ未だもって謎なのは「鮫の頭」である。なぜ「頭」だったのか。きっと，今，伯母に聞いても「知らんよぉ」とまたいなされてしまうのだろう。