おひなさまの宴会

　今年は節分も待たずに早々に「おひなさま」を飾った。

　私が生まれたときに，母方の祖父母が初節句の祝いに贈ってくれたものだ。結婚するときに七段飾りのうち「おひなさま」と「おだいりさま」だけを連れてきた。
　実家の母は毎年おひなさまを飾ってくれたが，高校受験，大学受験の年はいつもより早く飾っていた。そのことを思い出した私は，妊娠していることもあって，例年より少しばかり思い入れ強く，早めに飾ることにした。

　だんなさんと一緒に人形を飾りながら何気なく話をしていた。

「小さいときね。おひなさまを飾ったら，お座敷に夜入っちゃ駄目って言われてたんだよぉ。おひなさまって，年に１月くらいしか出てなくて残りはずっと箱の中だから，お人形同士で宴会するんだってさぁ。」
「うちはそんなこと，言ってなかったなぁ。」
「それ，自分のじゃなくて妹の人形だったから興味なかったとか？」

　私の家では，おひなさまを飾ったその夜から座敷のふすまはぴったりと閉められ，中を覗いてはいけないことになっていた。何故なら人形の宴会の途中で人間が顔を出すと慌てて元の位置に戻らなくてはならないし，だいたいそれは無粋だ，という理由からだった。特に覗いてはいけないのは「おひなさまを出した夜」と「雛祭り当日」。ずっと覗いてはいけないのだが，その両日は特にいけないと言われていた。
　もちろんそんなことをずっと信じていたわけではなかった。ただ，そういう考えって面白いな，確かに部外者に宴会を覗かれるのは厭だもんね，ぐらいに思っていただけだった。

　そんなやりとりあった翌日。実家の母から偶然電話があった。今年はもうおひなさま出したという話をして・・・

「おひなさま飾ったら，夜覗いちゃぁいかんらー？　でも２ＤＫじゃ，しょうがないよねぇ？」
「なんでいかんの？」
「なんでって，お母さんがそう言ったじゃん！」
「あぁ，そんなこと言ったかねぇ。きっと汚さんようにってつもりで言ったんじゃないかねぇ？」

　へっ？である。無粋もなにも，ただ単に「触られると困る，汚れる」という理由だけだったとは・・・。がっかりである。なにそれぇ～，である。

　しかし，思い出してみればそう言われたのにも理由があるかも知れない。私の記憶にはないのだが，かつて私が「這い這い」をしていた頃，ひとつ年上の従姉と一緒にひな壇を登ったことがあったらしいのだ。母が気づいたときには既にふたりして最上段に鎮座ましましていたのだそうだ。これは確かに危ない。幼児とはいえ，人形用の七段をふたりで闊歩すれば結果は見えている。結局怪我はなかったが，きっと母はそのときに「入ってはいけない」と教えておくべきだと思ったのだろう。

　それにしても，だ。「おひなさまの宴会を覗いてはいけない」というのは，何だか粋なはからいだと思っていただけに，ちょっとショックだった。

　もともとは口からでまかせの理由でも，私は自分の子供にもそう教えたい。でもまぁ，２ＤＫでは無理と言うもんか。