ヴァージン・ロード

　今は既に夫となっている当時の彼との結婚式の準備を始めようとしていたときのことであったと思う。その頃はまだ，何も具体的には決まっておらず，ただ「結婚する」のだ，という漠然とした予定があるだけだった。

　長距離恋愛だった彼との久しぶりのデートで，彼は私に尋ねた。

「どんながいいの？」

　結婚式についてはチャペル・ウエディングではなく，どうしても「白無垢」で「神前結婚式」を挙げたいと考えていた。それは彼が和服の似合う人だから，とかいう理由ではなく，私の「きもの好き」によるものであった。しかし，その外にも漠然とではあるが，根拠の非常に薄い理由があった。

　ヴァージン・ロードが恐かったのである。

　それはひょんなことから彼にばれた。確か，何かの弾みだったろうと思う。たまたまチャペル・ウエディングの話になり，私は自分の意見を述べた。

「流行ってることはしたくないの。お父さんと腕を組んで，緋もうせんを歩くなんて恥ずかしいし，恐いじゃん。」

　彼は言った。「何が恐いの？」

　「だって，ヴァージン・ロードだよ・・・」

　そうして私は彼に説明するはめになった。ヴァージン・ロードと言うくらいだから，「ヴァージンでない人」が通ると大きな穴が空いて，その花嫁は奈落へ落ちていくんじゃないかと。私はやっきになって説明した。そんな馬鹿みたいなことを本気で信じているわけではない，私も20歳を過ぎている，そんなことは嘘だと知っている，でも漠然と恐いのだと。

　ネタ元は，某少女漫画雑誌であった。高校生ぐらいのころ，友人に借りて読んだものだ。その物語の中で，主人公が「ヴァージン・ロードに穴が空く」ことを恐れて皆に笑われるという筋だったように思う。確かにそんなことが，ヴァージン・ロードに穴が開くようなことがあるはずがない，とは分かっている。しかし，どうしても「あるかもしれない」という不安を捨て去ることができないのである。

　彼はこの説明を聞いて，ぽつりとこう言った。「じゃあ，私も落ちる？」

　結局，私たちは「神前結婚式」だったので，ヴァージン・ロードを歩くことなく，無事に結婚式を終えることができたのであった。（但し，神前結婚式でも「緋もうせん」の上を歩くことには変わりはない。）

　いわゆる「できちゃった」結婚をチャペル形式で挙げたからといって，さしたるトラブルの噂は聞かないし，テレビのタレントさんたちを見てても，誰も「穴」には落ちない。しかし「まさか」と思いつつ，今でもその可能性を捨て切れないのである。「本物」のヴァージン・ロードなら，もしかして・・・