本当のお母さん

　私が中学生になって間もなく，母がこう言った。「あんた，生みの親に向かって，本当のお母さんは『かみぃしばったおねえちゃん』だって言ったことあるの覚えとるかん？」

　更に母はこう続けた。「まったく，自分の腹を痛めた子にこんなこと言われるなんて，情けなかったに。」

　私にはまったく覚えのないことであった。話をよく聞いて見ると，どうやらそれは私が幼稚園に入園する前後のことで，よほど幼い頃の話であった。

　私の伯母である「かみぃしばったおねえちゃん」は当時まだ子どもがいなかったこともあり，幼い私をよく可愛がってくれたものだった。

　いつものように伯母の家に遊びに行っていた私に，伯母がこう言った。

「ほんとはね，さっちゃんのおかあさんは私で，結婚する時に子どもが居ると困るもんで，お母さんに育ててもらっっとるだに。」

　幼くても，伯母の言うことは理解できたと思う。そして，伯母がなんでも欲しいものを買ってくれるのは・・・と納得したのだろうか。ある日，私は母にこう言ったようである。

　「わたしって，ほんとはおかあさんのこじゃないだらぁ？」

　母がどう私に説明したか，どう納得したかはわからない。ただ，私は母からその話を聞いた時には「母が生みの母でないとは疑ってもみない」という状態であったので，きっと成長の途中で「きちんとした教育」がなされたのだろう。

　しかし，実際のところ，私には記憶がまったくないのだが，母から聞いた話であるので，まぁ事実であろうと思う。ただ，この伯母が曲者で，結構「嘘」をついてくれるものだから，この手の話はことかかないのである。もちろん，私の従妹たちは皆，一度と言わず伯母の「嘘」に翻弄されているので，今となっては全て笑い話である。