はらみ女
－妊娠７ヶ月　その１－

　むるっちは時々むしょうに活字が恋しくなることがある。小説とかでは満足できずに，新聞を嘗め回すように隅から隅まで読む。それも済んでしまうと国語辞典に手が伸びる。中学男子ではないので，エッチな単語を引いて喜ぶなんてことはせず，ただ淡々と端から読んでいく。するとたまに面白い説明文に出会ったり，新しい発見をしたりする。

　第24週に入った週末，活字が恋しくて国語辞典を読む羽目になった。だんなさんは仕事をしているので邪魔するわけにもいかないでしょ？　で，隣でおとなしく国語辞典を読んでたの。そしたら・・・

　にんぷ【妊婦】妊娠している婦人。はらみ女。（岩波国語辞典第三版）

　・・・？　何それ？？　あたしのこと？　「はらみ女」だってさ。「茶くれじじい」ならまだしも。「子泣きじじい」「砂掛けばばあ」みたい・・・妊婦は妖怪かぁ！っと声に出して辞書に向かってツッコミを入れてしまった（その結果，だんなさんの仕事を邪魔したのだけど）。意味は分かるけど，もう少し，ましな説明が欲しかった。ぐすん。

　さて。第24週ですよ。前回の検診からちょうど１ヶ月。お待ちかねの定期検診。

　母子手帳と保険証と診察券を受付に出して，尿検査→血圧→体重計測→腹囲計測→エコー。ま，ここまではいつも通り。「体重何キロだったっけ？　うーん，急に大きくなったね。」　あ，すいません！　「これ，見えますか？　心臓ですねぇ。順調に成長してますね。」　おっしゃ！　「尿検査も全部マイナスですね。」　おっしゃ，おっしゃ！

　ところが，ここからが前回までとは大違いだった。

　「７ヶ月ですから貧血の検査，今日しておきましょうね。お腹が張ることありませんか？」と問われたので，むるっちは「時々，部分的に固くなることがあるんですけど」と控えめに答えた。だって，疲れるとお腹が張るって保健センターのテキスト（両親学級で買ったの）に書いてあったから大丈夫だと思ってさ。それに，ぽこさんだって外から分かるくらい，そこだけ堅いってこと，よくあるんだもん。

　そしたら，「じゃ，ついでに内診もしておきましょう。」　ひょええー。お金が，お金が足りなくなっちゃう。お財布の中，いくらあったっけ？　そんなむるっちに気が付いたのか，先生はにっこり笑って「保険利かせますから」と。あぁ，ありがとうごぜえますだぁぁぁ，という貧乏人モードに入ってしまうむるっち。ちょっと情けない。

　で，数ヶ月ぶりの内診台。むるっち，感動しました。電動椅子です。簡単に言っちゃうと，美容室で「はい，倒します」っていう例の椅子の改良タイプ。あの椅子に座るときに，ちょっと大股（大股だから，ちょっとじゃないね）広げて，椅子の両端の支えに自分の足を掛けるの。そうすると「うにょ～ん」という機械の音と一緒に，椅子が変形して内診台になる。普通の内診台って，足はともかく，背は寝てる状態かちょっと斜めの状態で，しかも自分で足を支えに掛けなくちゃならなくて嫌だったの。でも，この電動のはいい。第一に内診台に上がるときの不安がない，第二に姿勢が楽チン。配色もクリーム＆ホワイトで，いい感じ。黒じゃないだけで，もう全然「不安感」がない。
　で，結果は「子宮口びらん」。妊娠の影響で，子宮口が荒れちゃったんだってさ。消毒して薬を塗布してもらって，ハイ出来上がり。
　さて。内診が終わって，今度は「採血」。採血が済んだので，「ありがとうございました」ってごあいさつをして待合室へ。

　内診のせいか，ちょっとお腹が張る感じがある。待合室でぼーっとしてると，先生が「貧血出てるから。うち，薬出さないから，栄養考えてね」と『妊婦貧血』というパンフレットをくれた。
　ぺらぺらめくってみる。後ろの方に「鉄分の含有量」の多い食品の一覧がある。（うんうん。お役立ちだね。あ，あさりの佃煮ってそんなにあるのね。あさりの佃煮使って，卵焼き焼こうかな？）なんて考える。

　今回の定期検診のまとめ。むるっちの体重が増えた分，子宮も腹囲も増えてて，ぽこさんも順調。血圧も平常，蛋白も糖も出てない。ただ「貧血」がやばいんで，レバーでも食べてちょうだいってことみたい。

　よっしゃ，よっしゃ。

　小心者・むるっちは体重増加を気にしていたので，尿検査でひっかかるんじゃないかって気がきじゃなくて・・・実は前日，緊張してあまりよく寝られませんでした。は・は・は。また次回の検診まで大丈夫だもんねー。もう，ばしばし食べちゃうもんね。

　体重増加，といえば。ここ数週間で，ぽんぽこぽーんって感じになってしまったの。もちろんお腹だけね。だから，今まで通れた場所とか隙間を「いままでの感覚」で通ると，「ざっ」とか「ずっ」っとか音が立つの。背中は絶対擦らないんだけど，お腹が・・・ね。衝立てと壁の間を通るときはまだいいの。「あ，擦った」って自分で思うだけだから。でも，だんなさんの後ろをすり抜けるときは相手の反応が気になるじゃない？　だからちょっと哀しい。（だんなさんは楽しんでるみたいだけどさ。）

　もう混んだ人込みをすり抜けられないよ...恥ずかしくて。だって車幅ならぬ幅（身幅は正面から見た幅だっけ？　横から見た幅って横幅？？）がわかんないんだもん。ちっとも感覚がつかめない。もともと友だちなんかには「身体，薄いよね」と言われる体形してたから，正面より横から見た方が細かったんだよね。あぁ，大きいお腹って人の迷惑になるのね。スーパーやデパートでは妊婦さんに会うのに，本屋とかでは全然会わないのは，きっとそのせいね。うーーーーー。

　でもね，あの「お腹を擦る」感覚ってすごく微妙なの。音としては「ざっ」って感じだけど，感覚的には「さわっ」って感じ。「あれ？　さわった？」っていうほんの小さな触感。相手が壁やだんなさんならいいけど，知らない人の背中にお腹が当たっちゃったときって，「他人と接触した」っていう嫌な感じと「大事なお腹なのに」っていう反省とが入り交じった不思議な気持ちになる。

　これからは自分の幅に気を付けて生活しなくっちゃ。