さらば なすびパンツ

　ぽこさんが生まれたその日。ついにむるっちは「なすびパンツ」を脱ぎ捨て，「産褥ショーツ」なる産婦用パンツに履き替えた。これで，むるっちの長く短い「なすび」生活は終わりを告げたのだった。

　「案ずるより産むが易し」とは至言だね。いや，ほんと。

　すごく楽しくて面白い妊婦生活だったけど，やっぱりいろいろ悩んだりしたのよね。
　別に心無い人がいうことじゃなくても，ほんのちょっとした一言。例えば「太ると難産」とか「先に男児を産むと子育てが大変」とか「母乳で育てないとアレルギーが出る」とかね。そんなの聞くたびに（あぁ，どぉしよぉ・・・おっぱい出なかったら）とかなんとか落ち込んじゃうのね。で，落ち込むと（あぁ胎教に悪い）なんて更に自分を追いつめちゃう。無限ループよね。

　でも大丈夫。むるっちは妊娠出産を経験して会得したもん。

　「なるようにしか，ならない」

　本当だよ。胎児の性別だって，こっちが思い悩んだからって変るもんじゃないでしょ？
　難産かどうかなんて，産んでみなくちゃ分からないもん。だから考える必要のないことは考えない。どうしても考えなくちゃいけない状況になってから考えたって間に合うわ。変に思い悩んで「嫌な時間」を無駄に過ごすことはない。そうでしょ？

　今は育児を初めて６週めに入るところ。

　赤ちゃんに関係することって，みんなそれぞれ持論があるみたいで，あんまり大泣きしてると「あなたは十分だと思ってるかもしれないけど，きっと母乳だけじゃ足りないんだわ」とか，布おむつだと表明すると「今どき布おむつなんて，赤ちゃんの肌がかえってかぶれるんじゃない？」とか本当にうざったいこと，いっぱい言われるの。

　でも気にしたってしょうがないじゃない？　その人の子はそれで育ったというだけで，むるっちの子がその方法で上手く育つ保障なんて何処にもないもん。

　こう開き直ってからは（いや，出産するまえに開き直ったんだけどさ）すごく楽しいよ。会う人会う人，全てに「今が大変な時期なのよ」とか「これからまだまだ大変なのよ」とか「頑張ってね」なんて言われちゃうけど，むるっちにとって睡眠不足が辛いだけで，後は面白いことだらけ。その睡眠不足だって「主婦専業」のおかげで昼寝でカバー出来る日の方が多いもん。

　生まれてきた「ぽこさん」は，やっぱりお腹の中に居たときの「ぽこさん」と全く変化なく，「あぁ，やっぱりおまえだったか」という感想があるだけ。「なんか消息だけは知っていたけど」って感じの知人に久々に直接出会ったっていうのに近い。確かにぽこさんがむるっちの中から生まれてくるとこは自分の目で見たけど（普通は余裕が無くて見えないみたい）だからって何ということもないの。
　自分の子，っていう自覚はいつ芽生えるのだろう。だんなさんも同じような感じでいるみたい。家族ではあるけど，庇護すべき子供であるっていうのとは違う。

　新生児って「無垢」なイメージがない？　全てが真っ白っていうか，脆弱で小さくて。でも，そんなの嘘うそ。生まれたときから，いや生まれる前から「その子」には「その子のカラー」があるもん。ぽこさん見てると本当にそう思う。

　きっとね，赤ちゃんとか子供とかって，この世界のルールを知らないだけで，後は全部持って生まれてきてるのだと思うんだ。スポーツなんかに喩えると分かるかなぁ？　例えばバスケットボール。コートの端に立ったからって，すぐには何が起こってるか分かんないよね。でも誰かが親切にルールなんか教えてくれて，ついでにコーチしてくれたら最後にはシュートだってかっこよく決まるじゃない。それは別に先生でも先輩でも，もちろんただ単にバスケが好きなだけの人でもいい訳じゃん。
　むるっちは今，ぽこさんとコートの端に立って試合を見ている状態だと思うんだ。むるっちとぽこさんが違うのは「経験があるかないか」だけのこと。むるっちがぽこさんにルールを説明してあげたら，その後はきっと自分で練習したり，ルールブックを読んだりするんだと思うの。そのきっかけがむるっちなんじゃないかなぁ。で，才能があるとかないとか，努力家かどうかっていうのは全てぽこさんの側の問題でしょ？　むるっちはそこまではできないもん。

　そう考えたら，まず初歩の初歩として，むるっち家のルールをぽこさんに示すことから始めなくちゃ。だってルール知らなかったら試合になんて参加できないもん。

　そうねぇ，まず覚えて欲しいのは「夜は寝る」ってことだね。