証拠写真
－妊娠８ヶ月 その２－

　ついにむるっちは購入してしまった。ほんの出来心，新聞に載っていた広告に負けたのだ。「大特集　産院で聞きたいけど聞けない禁断の？大解消」　こんなの見たら見たくなるでしょ？ それで近所の書店へ立ち読みに出掛けた。ところが，そんなにすんなりは読めない。だから...『マタニティ５月号』390円。
　本を読むのは結構速い方なのに，これ１冊に１時間も掛かった。ま，それくらいむるっちの知らない事が書いてあったってこと。分娩台とか内診台とかの仕組みも写真付きで解説，胎児のエコ－画像も月別に掲載，入院中のスケジュ－ルも例示してあった。すごく親切。買ってよかったって気分と，このまま買い続けるのはちょっと抵抗が...という気分と半分づつ。

　その日，だんなさんが帰ってきたのはほとんど０時に近かったので，翌日検診だと言うのに真夜中に夕食，しかも中華を食べる。「こいつは私を太らす気かしらん？」と思っても，残業してきた人には言えません。ぐっと堪えて，しっかり食べて，後悔する。あぁ，カロリ－制限のハンコが怖い，食事制限が怖いよぉ。あれ食べるな，これ食べるな，なんて制限されるなんて絶対やだ。
　しかも，だんなさんは夕食後にパソコンに向かって仕事を始める。毎回検診前日は緊張して寝られないむるっちは，だんなさんの横で『オレンジペ－ジ』を読む。午前３時過ぎて，土偶のように危ない目つきになっただんなさんとベッドに入った。どうせ寝られないなんて思っていたのに大違い。これが朝まで爆睡。検診前日の安眠を確保して，朝からいい気分。

　またバスに乗って，えっちらおっちら産婦人科へ。消費税率ＵＰ以来，１人片道200円。検診毎に交通費が計800円なり。結構財布に痛い。

　いつもの尿検査に始まる一連のチェックを済ませてエコ－。子宮底長（子宮の縦の長さ）が前回より小さくなってるのを受けて，先生に「あ，逆子直ってますねぇ。もう逆子体操しなくていいですよ」と言われる。いつもより先生や看護婦さんの口数が少ないので，思い切って「性別って分かりますか？」と聞いてみる。

先生「う－－ん。よく外れるんですよねえ，私」
　　（後ろから看護婦さんに「何ですか，それぇ」とツッコまれる。）
先生「女の子ですね。（モニタ－を指しながら）ここの半円形，これが女の子の『おしも』ですね。あ，証拠写真撮りましょう」
　　（エコ－の画像をプリントアウトしている。）

　それを聞いたむるっちの反応が悪かったのか，先生が「希望はどっちだったの？」と。むるっちはどっちでもよかったんだけど，敢て言うなら51％は女の子，49％は男の子希望って感じだったの。だからそれに見合った喜び方しかできないな。

　今回は少し尿蛋白が出てるみたい。「むくみ」はなし。でもまだ膀胱炎の可能性がありそうだって。でも自覚症状はないので，薬もなし。もちろん体重も 0.6kg増で済んだ。先生に「実家に帰るの？」と言われて，（うそっ，だいぶ前に予約したよぉ）と思いつつも「ここで産ませていただきたいんですけど」と控え目に答える。で，入院予約を再確認してもらう。何だかいつもよりのんびりした雰囲気だったので，ちょっと雑談して帰ってくる。もちろん，だんなさんはいつものように待合室でぼ－っと待っててくれた。

　次回の検診は更に２週間後。
　帰宅して，カレンダ－に２週間毎の検診日に赤丸をつける。もう今月中の検診はないから，５月をチェックして，次をめくるともう６月。まだまだなんて思ってた予定日ももうすぐ。案外短い妊婦生活なのかも知れない。

　出産に関してのむるっちの心配，それは「むるっちが鈍くて，陣痛が分からなかったら恥ずかしい」ってこと。いつもより多めの失禁を「破水」と間違えた，とか，便秘なのかしらってトイレで頑張っても出ないんで諦めて事情を看護婦さんに説明したら実は「赤ちゃんの頭が見えてた」とか，その手の失敗談（？）ってよく聞くの。でもそれはただの勘違いだから，恥ずかしくないと思う。逆に「破水」を失禁と間違えたりしたらピンチでしょ？ いやだな，心配だな。
　母親にそう言うと，散々笑われた後で「大丈夫よ。陣痛なんて絶対分かるから」って。でも，むるっちは素人だしね，出産初心者だもん。ま，心配はつきものだ。諦めちゃったほうが早いね，きっと。

　最近，妊婦さんが巻き込まれる事件が多くなっている気がする。
　先日，８ヶ月の妊婦さんが通り魔に後ろから刺されて，胎児が死亡するって事件があった。犯人は「殺人未遂」で逮捕。なんで？　８ヶ月って28～30週だよ。28週過ぎれば，未熟児で生まれてきても十分育つのに，殺人未遂？　むるっちは納得がいかない。
　それから一月経たないうちに，今度は当時６ヶ月の妊婦さんが交際中の相手（胎児の父親）に「別の女性との結婚」を理由に別れ話になって，そのまま殺されるという事件。その「結婚」が６月で，妊婦さんの出産予定も６月だったって。
　たまたま，むるっちと同じ８ヶ月，むるっちと同じ６月出産予定ってこともあって，なんだかすごく割り切れない気がする。妊娠して思うのだけど，やっぱり自分の身体を別の人（むるっちの場合はぽこさん）に貸すというのは，それなりに体力が要るもの。大切に育てようと思えばこそ，食事や嗜好品，生活環境とか，今までの生活よりもずっと気を使う。そうやって過ごしてきたはずの妊婦さんたちに対して，あまりにひどい仕打ちだと思う。もちろん生まれるはずだった赤ちゃんに対しても。そんなことも分からないのか，ってすごく悔しい気持ちになる。胸の奥がずぅうんって重く苦しくなって，お腹がぎゅって固くなる。
　だんなさんも，こういう事件に対しては一緒になって怒っている。当然だよね。だって，だんなさんは妊娠してないだけで，むるっちと一緒にぽこさんの成長を見続けているんだもん。