まさかの親不知
－妊娠５ヶ月　その２－

　さて。第二回の両親学級を控えてむるっちはちょっとした不安に駆られた。最近歯を磨くとすごく多量の血が混じるのだ。おまけに歯茎に埋まったままの親知らずも最後の一本を大切に持っている。でも，もし炎症を起こしても化膿止めは飲めない。妊婦だもんね。
　そう，第二回は「歯科検診」と「妊娠中の栄養」がテーマなのだ。

　そう思って，毎夜どきどき過ごしていたら，なんと両親学級の前日に本当に親知らずの周りが炎症を起こしてしまったのだ。痛くてくらくらする。その晩はなんとか寝て，両親学級当日，結局無断欠席をして寝ていたけど直らない。
　翌朝，近所の歯医者へ行った。すると「妊娠中なんだよね。うちでは消毒しとくけど，紹介状持ってＴ歯科大学Ｓ病院へ行って診てもらってね。妊娠５，６ヶ月が一番安定してるから大丈夫だし，最善のことをしてくれると思うからね」と。受け付けの人は「大学病院だから，月曜日から金曜日までの朝十時には受け付けを済ませるようにね」と言う。診療代を払って家に戻ると，午前11時。しかもその日は金曜日。がーん。週末は痛い歯を抱えて我慢するのぉ？
　その後，痛みは少し減ったものの，やはり痛いままだった。

　月曜日。実はむるっちが妊娠第５ヶ月に入ってからの「戌の日」だった。あらかじめ実家から送られてきていた「岩田帯」とお守りをお腹に巻き付けて，「戌のように軽いお産」を願う，あれである。いつもより少し早い朝食のあと，だんなさんに巻いてもらう。漢字と悉曇文字（ほら，お墓の卒塔婆を彩ってる怪しげな字）が書いてあって，なんだか強そうな長いガーゼである。歯を抜いても大丈夫そうな予感。

　しんどい思いをしながら電車を乗り継いで，午前９時には到着。受け付けを済ませて，放射線科でレントゲン。「胎児には影響ない」ということを細かく説明してもらって，奥歯の数本だけ写真をとって，口腔外科へ。さすがに歯科大学病院だけある。周りは歯医者さんと患者さんばっかり15組くらい。

　問診の後，抜歯。局所麻酔や化膿止め薬には「胎児への影響ない」と説明されて，いざ開始。歯茎の中に埋まっている親知らずなので，メスで切って，抜歯して，縫合するという段取り。普通は10分で済むのだそうだ。ところが妊娠中は歯茎が充血しやすいらしくて，なかなか血が止まらない。結局，診察室を出たときには40～50分が経過していた。

　抜歯後，薬局で「痛み止め」と「化膿止め」をもらった。歯科医は「ほとんど影響ない」といいつつも，「痛み止めはなるべく飲まないでね」と。心配になったむるっちは，だんなさんに頼んで産婦人科に電話をして相談してもらった。すると丁寧な説明と「ほとんど大丈夫」（医者としては「絶対」とは言えないのだそうで）というお言葉。むるっちは安心して薬を飲むことができた。あとは歯科医に言われたとおり「二日間の安静」。
　むるっちは一週間後の抜糸を待つばかりとなった。

　抜歯した同じ週の木曜日。第三回両親学級があった。テーマは「妊婦体操」と「産後の家族計画」だ。妊婦体操は骨盤を柔らかくして，胎児が生まれやすくするためにするものらしい。でも元来運動音痴なむるっちとしては遠慮したい類のものだ。ま，これも自分が出産のときに楽になるため，と一応頑張った。これから毎日体操しなくてはいけないのだそうだ。あと，呼吸法も。
　これでむるっちの日課は「散歩」「乳房・お腹マッサージ」に「体操・呼吸法」が加わった訳だ。なんと健康的な毎日。

　ただね，参考として見せてもらった『妊娠後期の過ごし方』のビデオ。見てるこっちが恥ずかしくて... 。高校生のときに学校で文部省推薦の映画やビデオを観たときのような「けっ」っていうしらけた気分を久々に味わってしまった。
　だって本当に恥ずかしい作りなんだよ。例えば，妊娠後期は血行が悪くて肩凝りや腰痛に悩まされる。だから「彼の愛情いっぱいの指圧で...(原文ママ)」だってさ。両親学級って言っても，平日でしょ？　お父さん予備軍ってひとりしか来てないの。見せる相手が違うんでないかい？って思ってしまった。
　そのビデオ，最後がまた「はぁ？」って感じなの。「赤ちゃんをイメージしてください。カップルからファミリーへ・・・(原文ママ)」っていうナレーションと共に映し出されるのは，白いカフェカーテン＆木目調の高価なベビーベッド＆ベビー箪笥＆白いじゅうたん＆木馬ほかのおもちゃ，しかもカーテンなんかそよ風になびいちゃって。これで一部屋。２ＤＫ住いのむるっちは「喧嘩売っとんかい，われぇ」と大阪弁で文句をいいたい程，いやになってしまいましたね。今時，こんなピンクピンクした妊婦っているのかなぁ？

　それから「産後の家族計画」。二人めを作るなら出産後最低１年休んでから，というのが理想らしい。それでないと身体が元にもどらないそうだ。
　そんな話の他に『高校生対象の避妊ビデオ』を見た。これは面白かった。まず，第二次成長期の説明から始まるのね。それで次に妊娠の仕組みをＣＧと映像（実写なのかな？）で見せるんだけど，これが露骨というか，なんというか...笑えるの。
　画面の左右に男女（ＣＧなんだけどね）正面向きで立って，向かい合わせになって，ぐぐっと近づく（ＣＧだからね，輪郭だけ）。そしたら腰のとこがアップになる。陰茎・陰嚢・精巣は臓器として見える（他は身体の輪郭だけ）し，膣・子宮・卵管・卵巣も同じように見えるの。向かい合った男女（画面では男女の腰のアップ）が結合するんだけどさ。合体するまえにぐぐっと陰茎が盛り上がって，そのまま膣に挿入。腰を２～３回動かすと，陰茎の先が発光（ＣＧだからね）して，それが子宮の方までぱぁぁぁっと広がってく。視覚的にＣＧで射精を表現するとこうなるんだなって感じだった。
　避妊の仕方でも，具体的に使い方とその効果をＣＧで説明するの。同じように精子を発光で表現するんだけどさ。例えばコンドーム。陰茎に被せて，膣に挿入するでしょ？　やっぱり２回くらい腰を動かすのね。それで射精なんだけど，コンドームしてるから今度はぱぁぁぁっと広がらずに，陰茎の先に発光体が留まるの。他，ペッサリー，膣錠，フィルム，IUD は，同じＣＧで説明するの。リズム法（基礎体温とか），ピルは理論として説明してたけど。で，まあビデオの結論としては「高校生である君たちに一番適した方法はコンドームである」だったんだ。うんうん。そうだよね（ただね，腰を２回動かして射精するＣＧ作る程凝ってるなら，立ったままくっ付いても挿入できないことぐらい...ねぇ。で，帰宅しただんなさんにそのビデオの説明を延々としたの。そしたら，だんなさんの一言はさすがに違った。「２回腰振ったら出るか...早漏だな」）。

　ビデオの後で本物の避妊具を見せてもらった。ペッサリーなんて言葉だけで見たこともなかったし，IUD だって見たことなかった。だいたいむるっちやだんなさんが高校生のときには「避妊の仕方」を詳しくＣＧで解説するビデオなんて見せてもらえなかった。でも高校生のときに，ここまで見ちゃうのはちょっと照れくさかったかも知れない。
　今だからこそ，楽しめたのかなぁ？