鬼ごっこ

むるっちの郷里では，春休みにちょっと変わった村祭りがある。青年団が赤鬼・黒鬼・獅子の扮装をして，小麦粉をたっぷりまぶした「たんきり飴」を観衆に撒いて歩くのだ。この小麦粉をかぶって白くなったり，その飴を食べると「夏病みをしない」とか「風邪をひかない」などと言われる。鬼に抱かれたり，獅子にかまれた子供も丈夫に育つと言われる。

むるっちが子供のころは，鬼（の扮装をした近所のお兄さん）の隙を見て，腰に下げた飴の袋からがっぽりと奪取したり，仕返しに鬼から小麦粉を顔にたーっぷり塗られたり，服の中に小麦粉を流し込まれたり・・・それはそれは楽しみ甲斐のあるお祭りだった。悪がきは減ったけど，今もそのお祭りは健在で，なことしょうもその恩恵にあずかっている。

なこは３回，しょうは２回，このお祭りを見に行っている。

さすがに３回目のなこは「なこねぇ，赤が好きだから，赤い鬼から飴もらってくる。お母さんついてきて」なんて言いながら，赤鬼に「鬼さん，飴ちょうだい」なんて手を出す。顔に小麦粉を塗られるのを我慢すれば，たくさん飴がもらえることを知っている，なこらしい度胸のある作戦だ。彼女はそれでレジ袋ひとつ分をゲットした。なかなかやりますねぇ。

しょうは怯えてそれどころではない。せっかくだから鬼や獅子との写真が撮りたいのに，むるっちにしがみついて離れない。でも拾った飴は食べている。そんな状態。だから，まさか「鬼ごっこ」が始まるとは，むるっちも思っていなかった。

それはある日突然始まった。

しょうが「おにだじょー，こわいじょー，おにだじょー」と寄ってきて「おかーたん，手，出して」という。（？）と思いつつ，手を出すむるっちの顔をべたーっと撫でまわし，それから差し出した手に何かを置く仕草をする。ぼーっとしているむるっちに「いいよ，もう食べていいよ，あめ」と言う。それでようやく気が付いた。これは追いかける鬼ごっこじゃなくて，お祭りの鬼なのね。

また，ある日。今度は「おかーたん，あたま出して」という。頭をしょうに差し出す。すると「かっぷん」と言いながら，むるっちの髪の毛を食べる。（何考えてるんだ？） と思っていると「おかーたん，いのしし（獅子のことを，どういう訳かこう呼ぶのよね。何回訂正してもだめ）は髪の毛食べるんだよねぇ」って。今度は獅子か。確かにしょうちゃんもなこちゃんも獅子に頭を「かっぷん」とくわえてもらったもんねぇ。そうかぁ。髪の毛を食べられたと思ってたのか。そりゃ，鬼どころか獅子でも怖いわ。髪の毛食べられちゃったらなくなっちゃうもんねぇ。

そんなこんなで，今でも散発的に始まる「鬼ごっこ」。すっかり下火になったころには，また春祭りが来るんでしょうね。来年が楽しみです。